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高季興(こうきこう)は五代十国時代十国・荊南の初代王。
858年、陝州碎石(現在の河南省陝県)で生まれる。はじめ名は季昌(きしょう)であったが、のちに季興と改めた。はじめ汴州(開封)の商人である李譲(朱友讓)の家僕(召使)として仕えるが、そこで李譲に才能を見出されて養子となった。
その後、朱全忠の軍に身を投じて信任され、副将として朱全忠に従い、各地を転戦した。907年に朱全忠が唐を滅ぼして後梁を建てると、荊南節度使に任命され、戦火の絶えなかった湖南の復興に尽力する一方で勢力を拡大した。この時点で後梁から半独立した荊南という王朝が成立したのである。
912年に朱全忠が死ぬと、荊州(湖北省江陵)・帰州(秭帰)・峡州(宜昌)の3州をもって自立したが、末帝(朱友貞)が即位すると後梁に再び帰順し、渤海王に封じられた。
923年に後梁が後唐に滅ぼされると、後唐に服属して925年に南平王に封ぜられる。しかし後唐の前蜀攻めに際して、自らの蜀に勢力を伸ばす構想を阻まれた事から後唐と断絶して抗争し、東の呉に服属した。
928年の冬に死去。享年71。後を長男の文献王・高従晦が継いだ。
宗室
子
長男:文献王・高従晦